私の懐かしの音楽! 〜輝くSoul・モ−タウン〜







私がまだ10代高校生だった頃、旭川市内にはたくさんのdiscoがありました。 今は、クラブって言うらしいですけど・・・・私が、高校3年生の時初めて行ったのが「サッチモ」と言うdiscoでした。 踊る場所が地下で上が吹き抜けになっていて、上から見下ろせる場所にテ−ブルがあり、コ−ラを飲みながら下の踊りを見ていました。 初めて行った時、確か「ブギ−ナイト」とかいう曲がかかっていました。あまり込んではいませんでしたが、ノリの良い音楽と踊りで、 そこは不思議な空間でした。二十歳を過ぎてからは、飲む機会も増えて「オプキン」「バルテノン」「グランプリ」「セブン」「青い城」「五番館」・・・・・・・・・・ いろいろ行きましたね。
ヤッちゃんと喧嘩して逃げたのは良い思い出です。あなたは、何かdiscoの思い出ありますか ?


       
〜Soul・モ−タウンBestグル−プ〜

(曲名クリック)


このGroupはベテランです。 「Love Machine」が大好きですね。スモ−キ−は、モ−タウンの神様と言われています。
プロデュ−サ−・作詞作曲家・音楽事業家として成功しました。「Get Ready」や「My Girl」の作曲も確かスモ−キ−によるはずです。アメリカの人気番組「エドサリバンショ−」出演画像は忘れられませんね。
このGroupは60年代後半のモ−タウン音楽を代表するものです。
■Smokey Robinson
& Miracles

■Jackson5

(曲名クリック)


「Get Ready」や「My Girl」がいいですね。1960年代からやっている現役のGroupなんですよ。とにかく抜群のコ−ラスと踊りは最高 ! 筋金入りです ! 「Get Ready」は、カラオケにもしっかりあります。テンポが早くて歌えませんが・・・日本の「シャネルズ」も彼らを真似していました。60年代・70年代前半のモ−タウン音楽を代表するGroupです。
■Temptations
■The three degrees

(曲名クリック)


トランペットで始まる前奏「愛がすべて」は最高ですね。1975年のヒット曲です。このペ−ジのテ−マ曲にも使用しています。
The Stylisticsはフィラデルフィア・Soul・Groupとして1972年の「愛のとりこ」から1980年の「愛よいそげ」まで甘いコ−ラスバラ−ドを聞かせてくれました。80年代のテレビコマ−シャルで 「ロッキンロ−ルベイビ−」がかかっていたのは覚えているでしょうか ? 女性のような声でしたね。まさに70s disco音楽を代表するGroupです。
■Stylistics
■Diana Ross & The Supremes

(曲名クリック)


70年代白人黒人混合Groupで「That`s the way I like it」がヒットしてました。このGroupは70s discoブ−ムの中核的存在として1974年から1979年にかけて 20曲以上のヒット曲を送り込み1980年代に入ってからはあまり活躍はできませんでした。
まさに70sの象徴ですね。HPを観ると今でも米国地方のクラブなどでメンバ−チェンジしながら現役で歌っているようです。
■Kc & Sunshine Band
■Saturday night fever

(曲名クリック)


本当に ! いつもいつもかかっていましたね「Babylonの河・Sunny・Daddy Cool・怪僧Rasputin」は懐かしい曲です。このGroupは70年代後半・80年代前半disco全盛時にヒット曲を連発していました。踊りのパタ−ンが決まっていましたね。懐かしいですよ-。
■Boney M
■Arabesque

(曲名クリック)


そうですね!「宇宙のファンタジ−」が懐かしいです。このGroupは70年代後半・80年代disco全盛の象徴です。「Septenber」も良い曲です。(Photo1972)
■Earth Wind & Fire



そういえば私がまだ幼少の頃、私の家族が住む長屋の隣に男の子ばかりの兄弟3人が住んでいました。 その兄弟の一番上の兄貴は髪がアフロ。3人の兄弟はみな顔がどす黒く、いつも黒っぽいズボンやシャツを着て、何故か日本人離れしていたのです。 しかし、日本人です。(笑)、服装や髪の型でそう見えたのでしょう。そして3人の兄弟のかあさんは当時私が夢中で観ていたウルトラマンに登場するガラモンにそっくりで今でも忘れられません。兄弟とそのかあさんは優しくて良い人達でした。 その家も私の家も貧乏でしたが、何故か家族付き合い暖かい雰囲気でした。その兄弟はいつも深夜楽しみにしていたテレビがありました。 その時間になるといつもドンドン壁の向こうが騒がしくなるのです。3人で踊っていたのでしょう。私も何度か観たのですが、たくさんの外人が踊りまくりで出演するテレビを観ていたのです。 そして私にも踊るように勧めるのでした ! かなり後で知ったのですがそれはSoul-Trainという番組でした。・・・・・・・・・・
1970年代私はSoulを聞くとその時の印象が鮮やかに蘇ります。 あなたは、何かSoulの思い出ありますか ?







ディスコ復活祭!
〜最近の旭川のディスコ事情について〜



日本の第一次ディスコブ−ムは1970年(昭和45年)当時でした。国内では丁度、GSブ−ム(ガソリンスタンドじゃないよ)が下火となり、フォ−クソングが売れ出し、 ニユ−ミュ−ジックなるものも出てきました。世界ではポップスやロックミュ−ジックは1970年が節目というか英国のビ−トルズが解散し、ヒッピ−的で良くわからないブラスロックなどというものやファンクロック、 ハ−ドロックもこの1970年を境に人気が出てきました。 一方、ソウルミュ−ジックは黒人のR&Bやモ−タウンサウンドから1960年代には急速に進化し、バラ−ド調やテンポが大衆にも受けるダンスソウルミュ−ジックへと発達しました。ということで旭川でも1975年(昭和50年)頃から1987年(昭和62年)ごろまで爆発的に ディスコ店があっちこっちに開店したのです。グランプリ、パルテノン、オプキン、サッチモ、セブン、青い城、五番館・・・・・eat そして私は、この当時のブ−ムに乗り、週末せこせこトラボルタのように友達と踊りに出かけてました ! さて現在では、第一次ディスコブ−ムからのお店は残っていません。唯一燦(さん)という店がありましたが昨年11月に閉店しました ! (30年営業していたらしいです)しかし、当時の面影を再現してくれる店は唯一2店有ります・・・・・・

    
■ナイトサパ−ジャンボ(3条7丁目つかさビル3F)
■ディスコギャラクシ−(4条6丁目プリコタワ−UB2F)



「ナイトサパ−ジャンボ」(3条7丁目つかさビル3F)は平成16年にディスコ大会なども企画したお店です。
現在は金曜日、土曜日などカラオケの合間にちょこっとディスコの企画を実施しています。
もともと社交ダンスの趣味の人たちが集まる店で、今は社交ダンスの人達やディスコファン、一般に飲みに来る団体さんとが見事に融合したお店になっています。(笑)
ですから懐かしいディスコ音楽で踊れますよ。来客の年齢層は40代から60代が多いです。最近は若者層が中心だった燦(さん)の閉店もあり、若いお客も金曜日中心に来ているようです。 (燦のママからジャンボのマスタ−に託されたらしい)
ディスコギャラクシ−(3条6丁目すずらんビル5F、平成19年2月23日から移転新装オ−プン4条6丁目プリコタワ−UB2F)は、第一次ディスコブ−ムからのDJ浜田さんの店で、平成17年にオ−プンしました。 浜田さんはこのお店の他にも市内で最大の踊り場「ワ−ルド」を使用してディスコ復活祭も実施しています。 デイスコ復活祭は年に2回だけのイベントで過去5回実施されました。毎回500人以上のディスコフアンが集合します。わがPAOディスコファンクラブからも昨年12月10名の参加で盛り上がりました !
■復活祭のディスコワ−ルド(4条7丁目つつじビル5F)



「ワ−ルド」大ディスコイベント盛り上がる !!
浜田さん主催による市内で最大の踊り場「ワ−ルド」を使用したディスコ復活祭が平成19年12月8日に実施されました。 デイスコ復活祭は年に2回だけのイベントで過去5回実施されました。毎回500人以上のディスコフアンが集合します。わがPAOディスコファンファン倶楽部からも今回6名の参加で望みました !
次回みなさんも是非来て下さい !! 今回は開場6時30分、開始7時から1時まで〜 入場料3,000円、当日3,500円でした。
■復活祭のディスコワ−ルド(4条7丁目つつじビル5F)




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