私の懐かしのシネマ! 〜感動しました。名作映画ベスト9〜
映画館は無くなってしまうのでしょうか ?

私の好きな映画!〜感動名作ベスト映画9〜

         
 
〜 映画ベスト9 〜
■史上最大の作戦
1965年度作品
監督ケン・アナキン他
出演ジョン・ウエイン
ヘンリ−フォンダ
ロバ−・ライアン
サル・ミネオ他

1944年6月6日悪天候の中連合軍がフランス、ノルマンデ−海岸へ上陸を決定しました。数十万人の兵士、数万機の飛行機、戦闘車両、船舶、トラック・・・・
この大作戦映画は、歴史の検証に基づき再現された映画でした。上陸シ−ンはプライベ−トライアンよりもリアル評価が高いと思います。当時カラ−フイルムをあえて使用せず白黒撮影されたのもそこにあります。
出演人数も制作費もすごく、撮影に使用した火薬は第一次世界大戦に匹敵するという話も・・・当時の米国、イギリス、フランス、ドイツそれぞれの大物俳優が大勢出演しています。
■サウンドオブ
ミュ−ジック
(題名クリック♪)

1965年度作品
監督ロバ−ト・ワイズ
出演ジュリ−・アンドリュ-ス

教会の修道女であったマリアは、子供達の世話役としてオ−ストリアのザルツブルグへやって来ました。子供達と楽しく、愉快な日々が始まります。
やがて世界が第2次大戦に巻き込まれオ−ストリアもナチスドイツに併合が決定。一家は音楽発表会の後直ぐにスイスへ逃げます。ミュ−ジカルの映画としても高い評価を受けました。マリア役のジュリ−・アンドリュ−スは昔理想の人でしたね。
■自転車泥棒
1948年作品
監督ビットリオ・デ・シ−カ
出演ランベルト・マジョラ−ニ
エンツオ・スタヨ−ラ

゛ネオリアリズモ゛イタリア映画の大傑作です。敗戦まもない失業者、大混乱、貧困のイタリア。失業していた父が広告貼りの仕事をやっとみつけます。
しかし、条件は自転車を持っていなければいけません。家財を売って入質した自転車を出すのですが、生活の糧であった自転車をちょっとの隙にあっという間に盗まれてしまいます。
自転車を探しに街へ行く父と子。父の為に必死に自転車を探す5歳位の子供、そして今度は他人の自転車を盗もうとして捕まる父。騒ぎを聞いて父の元へ戻り足元にしがみつく男の子(涙)、小さい子供でも何が大切なのかわかっていたんですね。(涙) ・・・・・
■フラッシュダンス
(題名クリック♪)

1983年度作品
監督エイドリアン・ライン
出演ジェニファ-・ビ−ルス
リリア・スカラ他

アレックスという女性がいました。日中は工場で溶接工として働き、そして夜はクラブダンサ−として働いていました。 彼女には夢があり、一流のプロダンサ−として成功することでした。アパ−トから颯爽に自転車に乗って鉄工場へ向かうシ−ンは忘れられません。もちろん、すばらしいダンスも・・・ 音楽もイメ−ジにピッタシで躍動と感動をくれた最高の映画でしたね。出演ジェニファ-・ビ−ルスは、後に映画でのダンスはすべて私が実演したという発言で、代役のダンサ−との間でトラブルとなり、後の映画出演にはあまり活躍がありませんでした。残念でしたね。
■大脱走
(題名クリック♪)


1963年度作品
監督ジョン・スタ−ジェス
出演スティ−ブ・マックイ−ン
ジェ−ムズ・コバ−ン
チャルズ・ブロンソン
ジェ−ムス・ガ−ナ−
リチャ−ド・アッテンボロ−他

この映画は実際の史実に基づいた作品です。第二次世界大戦中のドイツ軍捕虜収容所。連合国空軍の下士官将校達が収容されていました。
収容所管理はドイツ国防軍、3本のトンネルを掘り続け、内一本は途中で見つかってしまいます。いよいよ当日、いろいろな服装に変装して次々と脱出しますが、なんとトンネルが短かった !
森の中まで延びているはずだったんだが・・・それでも76名が収容所から脱出に成功します。しかし脱出した人達は後ゲシュタポに捕らえられ内50人は即刻処刑されてしまいます。(痛ましい限りです)
スイスの国境を越えたのは、ボ−トに乗った2人と、自転車を盗んで逃げた(たしかジェ−ムス・コバ−ン)1人後数名だと思います。マックイ−ンは、ドイツ軍のバイクを盗んで逃げたが国境近くで捕まります。もう少しだったのに・・・・
■大地の子
1995年度作品
制作NHK
出演仲代達矢
上川隆也
朱旭
宇津井健
西村晃
蒋文麗
永井真里子
田中良子他

1945年昭和20年、ソ連軍の突然の進攻により満州開拓に従事していた日本人は大混乱となりました。特に当時成人以上の男性はほとんど徴兵で 開拓団には居なかったたため、お年より、子供、女性が犠牲になりました。特に私は、15歳以下の少年少女、児童、幼児たちが犠牲になった事にショックを受けたのは言うまでもありま せん。
主人公幼年の孤児陸一心は本当に可哀想でしたね(涙)上川隆也さんは、中国語がまったく話せなかったのに中国語の台本を丸暗記したそうです。あのたくさんのシ−ンで話す膨大 な会話を・・・実に驚異的感動です。
異国の地で亡くなった同胞の人達が応援してくれていたのかもしれません。戦争は悲惨です。私は このドラマはさすがNHKと言いたいです。このドラマの内容には賛否もあったようですがたくさんの人に戦争の悲惨さを伝えたのですからNHK70周年の大作その通りですね ! !
■インディジョ−ンズ
(題名クリック♪)

初回作品1981年度
監督スティ−ブン・スピルバ−グ
出演ハリソン・フォ−ド
ケイト・キャプショ−他

インディ・ジョ−ンズの映画といえば、1980年代を代表する作品でもありますね。1981年の(レイダ−ズ/失われたア−ク)1984年の(インディ・ジョ−ンズ/魔宮の伝説)1989年の(インディ・ジョ−ンズ/最後の聖戦)どれも楽しかったです。
特に魔宮の伝説なんかではサルの脳をお客様の歓迎料理として出していたのは忘れませんね。(うわ-ブルブル気持ち悪い。)化石採集に行く時なんかインディと似た風貌になるので笑えます。ティンガロンハットもそのうち買おうかな・・・
■Shall We ダンス ?
初回作品1995年度
監督周防正行
出演役所広司
草刈民代他

会社帰りの通勤電車の車窓からダンス教室の美しい教師(草刈)を何度か観ていた杉山正平(役所)は、女性教師の悲しそうな姿に興味が増幅しやがて社交ダンス教室のドアを叩くことになりました。当初は女性教師に興味を持っていた杉山正平(役所)だが、やがて社交ダンスの深さに感動し直向なダンスに対する姿勢を貫く。う〜ん実際社交ダンスを習っている私としては杉山が社交ダンスの初級から上達して行く過程が映画にリアルに表現されている事にびっくりしました。
社交ダンスの楽しさや感動が画面を通して十分伝わる作品だと思います・・・素晴らしいですね !!
■X-FILES
(題名クリック♪)


X-FILESとはFBIの秘密書類です。通常の捜査で解決できなかった数々の難事件を再捜査して行きます。特に国防総省など国家が係わっている異星人に関する事件は、妨害をされながらも両捜査官は核心に迫って行きます。 FOXが一話100万ドルをかけて制作、全米で1800万人のファンを生み、日本でも爆発的な人気となりました。捜査官モルダ−は我の道を行くタイプ、きっとB型でしょうね !スカリ−はとっても沈着冷静、知的、魅力的な女性捜査官です ! 2008年11月7日公開のX-FILES劇場版「真実を求めて」はモルダ−がひげ面で登場 ! いや〜嬉しかったですね ! X-FILESファンでない方からの評価は今一だったようですけど・・・・・
X-FILESseason1
X-FILESseason5
X-FILESseason7
X-FILES





       

       
〜 最近の感動した映画 〜
■硫黄島からの手紙
2007年度作品
監督クリント・イ−ストウッド
出演渡辺謙
二宮和也
中村獅童
ライアン・フイリップ
ジェン・ブラッドフォ−ド他

この映画も実際の史実に基づいた作品です。東京から南へ1,250Kmの硫黄島。
太平洋戦争末期の昭和20年2月19日連合国は硫黄島の上陸作戦を敢行しました。守る日本軍は22,923名、上陸する米軍は勇 猛果敢といわれる海兵隊精鋭を主力とし後方任務も含め25万人もの作戦要員でした。
米軍は当初数日で陥落させることが出来ると考えていましたが、栗林中将(渡辺謙)以下日本軍は持久戦による組織戦闘を 1ケ月継続させました。更にゲリラ戦は6月までに及んだといわれています。この戦いでの日本軍の戦死者は21,900名、 生還した兵士はわずか1,023名でした。一方米軍の戦死者は6,821名、傷病者は21,865名 にも及びました。米軍は太平洋戦争の中で唯一日本軍より戦死傷病者が上回った戦闘であり、この硫黄島での戦いは後の 連合軍上陸進行作戦に困難さを与え、原爆投下の決断に影響したとも言われています。
硫黄島は火山島で日本軍は高温の地熱、水蒸気や硫酸ガスに耐えながらわずか北南8.5Km、幅4.5Kmの島に総延長18Kmもの 地下壕トンネルを堀りました。
映画にも登場しますが、この戦闘では1932年のロサンゼルスオリンピックに出場し金メダルを獲得したバロン西こと西竹 一大佐(戦車26連隊長)(伊原剛志)も戦死しました。この映画の当初のタイトルは「赤い太陽黒い砂」でしたが「硫黄島か らの手紙」に変更されたそうです・・・・この映画から戦争の悲惨さ平和の尊さを十分体現してほしいと私は思います。
シナリオは単純ですが、みなさんにも是非観てほしい映画ですね。
■フラガ−ル
2006年度作品
監督 李相日
出演松雪泰子
豊川悦司
蒼井優他

「フラガ−ル」もうテレビで放映するとは感動です。これ実話なんですよ。
社交ダンスを習っている私としても絶対観なくちゃいけない映画でした2年前の感動がよみがえりましたね。
常磐炭鉱の事も本で読んでましたし・・・・・・・・映画皆さんもご覧になりましたか ?
昭和40年代、日本のエネルギ−を支えてきた黒いダイヤ「石炭」にかげりが出てきました。本州最大の炭鉱であった福島県 いわき市の常磐炭鉱ではなんと太平洋の底まで採炭していました。温泉水や海水の汲み出しで採炭の採算が合わなくなり、 大規模なリストラ人員削減が迫っていたのです。
炭鉱会社側は従業員の生活や会社の将来を考え、蓄積してきた剰余金を東北の町に「常夏の楽園ハワイランド」を作り上げ るという起死回生の計画を発表しました。採炭の副産物であった温泉の活用もあったのでしょう。映画では当初、炭労側は 非協力的な設定になっていますが、
会社の存続、従業員の生活を守りたい会社側、炭労組合員の献身的な協力、努力によって常磐ハワイアンセンター (現在スパリゾートハワイアンズ)が成功した事を以前本で読みました。
そしてなんといってもこの常磐ハワイアンセンターの主役は「フラダンスショー」です。東京からダンス教師(松雪)が雇わ れました。炭鉱娘にフラダンスを教えるために。自分自身も借金や人生の挫折を抱えたその教師は、最初は素人の炭鉱娘の 出来の悪さにうんざりして東京へ帰ろうともするが、会社倒産の危機に自分の出切る事で生活を守ろうとしている真剣な娘 たちの考え方や踊りの練習にやがて感動共鳴し、教師自分自身も一旦は挫折して投げ出していたダンスの情熱を取り戻すのです。
う〜んここが一番の感動ですね。みんなの気持ちが一つになるというか、目標にみんなが決意するというか、涙が出ました よね。
映画の中ではフラダンスに当初から頑張っていた炭鉱娘が父親の夕張への転職でお別れする話も出てきます。
他の炭鉱夫もツルハシやスコップをバンドマン、司会、フロント係に 感動 ! 本物のヤシの木を植える話も映画に登場します。
(本でも読みましたけど寒い東北で育てるのは大変なんですよね〜) 感動 !
このproject計画から10年後の1970年代に常磐炭鉱は閉山となります。
出演スタッフの踊りもすごいですね〜こんなにうまいとは。練習も相当やったんでしょうね〜すごすぎる。この映画を観て
私もダンス精進する決意がわいてきました。(笑)
近年希に見る感動した映画でしたね


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